『ART JOURNAL 後編』

アートの日常補給宣言。

自分自身の感覚でアートを理解し、選び、満足する。

自由で楽しいアートプロジェクトが始動!

 

roomsアートプロジェクトのパートナーでもあるNY在住のアートエージェント、山谷周平 によるJOURNAL後編をお届けします。(前編はこちら)

山谷周平

hpf CHRISTOPHER Inc.代表取締役

「篠原有司男の芸術人生」

前編でも少し触れましたが、篠原有司男さんの話をさせていただきます。

篠原さんは、2009年にhpgrp GALLERY NEW YORKがNY Meat MarketからChelseaに移転した際、最初に展示をしていただいた芸術家です。

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Ushio Shinohara “Green Motorcycle” 

Cardboard, Metal, Color, Pigment with plastic, Resin 

2010

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Ushio Shinohara “Ghost Rider Ignite”

Cardboard, Metal, Color, Pigment with plastic, Resin 

2010

10年前、友人の紹介でDumboのスタジオに伺って以来、月1度程度お話をさせていただくようになりました。

私は篠原さんと日本語で会話をしますが、不思議なことに日本人と話しているという感覚は全くありません。

今までNYで色んな人種と出会いましたが、別空間で剣を振りかざしているような人で、同じ地球人ではない感覚の持ち主です。

そして、私が篠原さんに魅了された大きな理由は、作品のオリジナリティーや面白さもさる事ながら、今までNYで生き抜いてきた芸術人生です。

篠原さんがNYへ移住された1969年は、まだ日本から西海岸へ船で渡る人も多く、飛行機は東京~NYの直行便はなく、アンカレッジで一度給油してNYへ到着しました。

ロックフェラーの奨学金を得て渡米したとはいえ、作品が売れない時期が続く中、2年で奨学金は底をつき、SOHOのロフトで日本人相手に民宿を切り盛りしながら生活し、絵の具が買えない時はドローイングに集中し、廃材や拾ってきたダンボールを使ってオートバイ彫刻を創り出したそうです。

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Ushio Shinohara “Boxing Painting (Hudson River / New Paltz)”

Acrylic on canvas

2011

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Ushio Shinohara “Downtown Scene”

Acrylic on canvas

1981

時代はネオダダからポップアートが全盛となり、70年代NYの最悪な治安の中、バスキア、キースへリングを始めとするストリート的な新しいアートムーブメントが発生し、篠原さんにとって渡米した最初の10年間は最も刺激的で芸術家としての潜在能力を引き出し、アイディアを蓄積した時期でした。

現在、米国ではアジア人に対するヘイトクライムが問題になっていますが、70年代アジア人に対する蔑視は今よりも激しいものでした。

白人中心の欧米アートマーケットの中で、日本人アーティストが作品を売り込むことは相当困難な時代でした。

ただ篠原さんは日本人として、NYで何かの圧力と戦ってきたわけではなく、芸術家として関わってきた、時代、ニューヨーク、東京、周りの人達、そしてのり子夫人を通じて、「オリジナルな篠原有司男」を創ることが重要でした。

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Ushio Shinohara “Pokemon Rider”

Cardboard, Metal, Color, Pigment with plastic, Resin 

2010

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ご本人といつも話して感じることは、「明日、何を描こうか」と考えているということです。

創り続けることは生き抜くことと同じで、理屈抜きに強い力を発信しています。

結果として残った一つ一つの作品を評価することも大切ですが、篠原さんの芸術人生そのものが1つの作品ですし、今の時代に光を放つものです。今は時代を重ね、より多くの新しい価値や自由が生まれていることは確かです、ただ「オリジナルな自分」を創ることは人種や文化を超えた、一つの言葉として今後重要なコミュニケーションツールになるかもしれません。

 

私にとって篠原有司男はヴァン・ゴッホと同じぐらいスーパースターです。

そして生きるためのビタミン剤です。

人々を豊かにし、幸せにさせます。

篠原有司男

1932年東京麹町生まれ。通称「ギュウチャン」、芸術家。

日本で初めてモヒカン刈りにした人物。

東京藝術大学在籍後、1960年に赤瀬川原平、荒川修作、吉村益信らと「ネオダダイズム・オルガナイザーズ」を結成、過激なパフォーマンスやジャンクアートで注目を集める。

ボクシンググローブに絵の具をつけて キャンバスを殴りながら絵を描く「ボクシングペインティング」は篠原有司男の代名詞となる。

1969年にロックフェラー3世の奨学金を得て渡米。

以後、ニューヨークに50年以上在住、MoMA, メトロポリタン美術館、グッゲンハイム、原美術館、東京都現代美術館などに作品が貯蔵され、ニューヨーク・日本を代表する芸術家として活躍中。

2013年、篠原有司男、のり子夫妻のドキュメンタリー映画『キューティー&ボクサー』が、世界各国で評判となり サンダンス映画祭ドキュメンタリー部門で監督賞を受賞。

翌年には、アカデミー賞長編ドキュメンタリー部門にノミネートされる。

山谷周平

広島県生まれ、武田高校卒業。

1993年よりNYに在住、Pratt Instituteを卒業後、カメラマンとして活動、Debosses Galleryの運営を経て、2004年hpgrp GALLERY NEW YORK開設に共ないデレクターに就任。

現在、hpf CHRISTOPHER Inc. 代表取締役。

 

https://hpfchristopher.com

https://howpeoplelive.net

 

篠原有司男作品についてのお問い合わせ:

shuhei_yamatani@hpfny.com